2025.08.13
社内イベント制作ストーリー【第7章_イベント本番当日 – トラブルと神対応!】
前日リハーサルを終えた会場は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
照明は落とされ、天井から降り注ぐスポットライトだけがステージを淡く照らしている。昼間はケーブルが床を走り回り、スタッフの掛け声が飛び交っていたこの空間が、今はまるで別世界のように落ち着き払っている。
客席に並ぶ500脚の椅子はまだ誰も座っていないのに、不思議と明日の熱気を先取りしているかのようだった。
「ここが明日、拍手と笑顔に包まれる舞台になるんだ!」そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。
舞台袖からGROWSのディレクター・佐藤さんが歩み寄ってきた。
「今日の仕上がりなら、きっと大丈夫ですよ」
短く、それでいて力強い言葉だった。私は思わず笑みを返した。数週間前、山積みの資料と未確定のスケジュールに押しつぶされそうになっていた自分を思い出す。あの頃の私は、自信どころか明日を迎える想像すらできていなかった。
とはいえ、不安が完全に消えたわけではない。マイクが突然ハウリングを起こしたら? 映像が途中で止まったら? 参加者の反応が予想以上に薄かったら?――そんな「もしも」が、夜の静けさを切り裂くように頭の中に浮かんでは消える。
「真由美さん、そっちはもう終わりました?」と、音響担当の村井さんが声をかけてきた。
「はい、あとはケータリングの配置を明日の朝に確認するだけです」
「じゃあ、これで本番用の調整は完了ですね。あとは任せてください」
その一言に、心の奥がふっと軽くなる。GROWSのメンバーは、どんな小さなことでも責任を持ってやり遂げてくれる。今日一日、その姿をずっと見てきた。
客席に向かうと、映像担当の山口さんがスクリーンを見上げながら最後の調整をしていた。
「明日は開演前の映像、ちょっと仕掛け入れましたから。お客さん、びっくりしますよ」
いたずらっぽく笑うその顔を見て、緊張の中にも楽しみが芽生える。こんなふうに、プロの現場はただ「完璧に仕上げる」だけじゃない。「楽しませたい」という思いが、確かにそこにある。
会場予約の時間が告げられ、私はもう一度だけ舞台から客席を眺めた。空っぽのはずの会場が、なぜか満席の姿を見せてくれる気がした。スポットライトの輪が、明日の私たちを静かに待っている。
ホテルのロビーに出ると、ふわりと花の香りが漂った。シャンデリアの光がガラスに反射し、優しい色を作り出している。GROWSのメンバーがチェックリストを見ながら談笑していて、その輪の中には笑顔と自信があった。
「お疲れさまです。真由美さん、初めての規模でここまでやれたんだから、胸張ってください」
佐藤さんのその言葉は、何よりも温かかった。
外に出ると、夜風が頬をひんやりと撫でた。街のネオンが滲み、タクシーが静かに横を通り過ぎていく。この街の一角で、明日、自分が関わった大きなイベントが幕を開ける。その事実が、じわじわと実感を伴って胸に広がる。
帰宅しても、すぐには眠れなかった。ベッドに横になり、受付の混雑、開会の拍手、歓声、そしてフィナーレの瞬間を何度も頭の中で再生する。笑顔で会場を後にする参加者の姿が浮かぶたび、緊張と期待が交互に押し寄せた。
「やるしかない。ここまできたら、あとは前を向くだけ」
そう自分に言い聞かせ、深く息を吸い込む。そして、明日の自分に心の中でそっとエールを送った。
明日、この会場が拍手と笑顔で満ちあふれますように。
――そして、この挑戦が、私にとって大きな一歩となりますように。